「ベター・コール・ソウル」シーズン6の配信が始まりました。それに伴いシーズン1~5を見直しました(シーズン6については後日別記事にて)。大好きなドラマですが、今まで取り上げなかったのは少々書きづらい位置づけの作品だったからです。
この作品は名作ドラマ「ブレイキング・バッド」のスピンオフ作品であり、インチキ臭い弁護士ソウル・グッドマンについての前日譚(&若干の後日談)です。
なお「ブレイキング・バッド」についての記事はこちら(↓)。「因縁正起(カルマ)」とは、あまり一般的ではない視点のようにも思うので、同作品の魅力を語るものとしてウケる内容ではないかもしれません。この記事ではまったく触れていませんが「ブレイキング・バッド」は構成・脚本・視覚効果・挿入音楽の素晴らしさもさることながら、登場人物たちのキャラがどれも見事に立っていて非常に魅力的な作品です。
一方で「ベター・コール・ソウル」を観るのはどんな人かと考えてみると、まず思い浮かぶのは「ブレイキング・バッド」を観て気に入った視聴者たちです。インチキ臭い弁護士ソウルは「ブレイキング・バッド」において非常に重要な役割を果たし、かつ個性的で印象に残るキャラです。
「ブレイキング・バッド」を字幕で観るか、吹き替えで観るかですが、後者の場合、吹き替えの声優さんなりの「ソウル」に対する解釈があり、独自の世界観が表現に付加されています。オリジナルのソウルの声は、どちらかと言えばくぐもっているのですが、日本語吹き替えのソウルはエンターテイメント要素が非常に強くてハイテンションです。字幕、吹き替えの両方で観ておくのがお勧めです。
「ブレイキング・バッド」では、命を落とす危険性を感じて弁護士ソウルは姿を消します。新しい名前や生年月日、新しい社会保障番号を大金を積んで買い、新天地での新たな人生を手に入れます(「ブレイキング・バッド」で分かるのはここまで)。
「ベター・コール・ソウル」では、インチキ臭い弁護士ソウルが誕生したいきさつ(家族関係、成育歴、交友関係のエピソードなど)、麻薬カルテルと関わるようになった経緯、「ブレイキング・バッド」内で姿を消して後のソウル(オマハのモールにあるシナボンの店でジーン・タカヴィクという名で働く姿)などが綴られています。犯罪ドラマ、マフィア&麻薬もの、ヒューマンドラマなど、いろんなジャンルの側面をもっています。
「ブレイキング・バッド」を先だって観ることなく、いきなり「ベター・コール・ソウル」を視聴する人がどのくらいいるのかという点が疑問ですが、シーズン6まで続いている作品であり「ベター・コール・ソウル」もいろんな点で非常に面白く秀逸なドラマです。Netflixは契約数が激減して株価を下げていますが、数打ちゃ当たるの粗製乱造ではなく「ブレイキング・バッド」や「ベター・コール・ソウル」のようなドラマを丁寧に制作して欲しいですし、願わくばこのレベルの作品だけを観たいですね。
まずは「ベター・コール・ソウル」トータルでの魅力を整理しましょう。
- いろんなエピソードからなる全体の構成がよくできている
- 脚本がよい。伏線とその回収がよく考えられていて「うーん」と唸らせる。視聴者の想定の上をいくものになっている。そのような展開は多岐に亘るが、なかでもソウルや元警官のマイク、麻薬カルテルなどの交渉の内容や方法が興味深い
- 色の使い方、構図(カメラの角度や視点の置き方)、小道具の活用が独特。しかもセンスがとてもよい
- 挿入音楽の選曲が光っており、シーンとの掛け合いが素晴らしい
- 場面展開のテンポの取り方、シーンの切り替えの間(暗転)が絶妙
- ちょっとした登場人物さえもが個性を放ち、十分な存在意義を感じさせる
- アメリカっぽさ(風景、街並み、家・インテリア・エクステリア、各種のカルチャー、飲食店やショップ、車、移民の文化、裁判&弁護士の世界、医療&介護業界、麻薬取引など)がふんだんに感じられる
そして、シーズンごとのざっくりとした展開は以下の通りです。
白黒フィルムを通して映し出されるシナボン店長のジーンは「ソウル・グッドマン」だった過去がバレることを極度に恐れつつも、その時代へしばしば思いを馳せています。ジーンとしての新たな身分の獲得以降も手放しがたい、輝いていた時代の自分を象徴するものが「ソウル・グッドマン」なのでしょう。
シーズン1(10エピソード):弁護士事務所HHMでの下積み時代、優秀な弁護士だった兄チャック(電磁波過敏症にて療養中)との確執、詐欺師として有能だったジミー(後のソウル)、HHMのアソシエイト弁護士であるキムとの関係など。そしてジミーは弁護士としての地盤を固めようと奇抜なアイデアで顧客獲得に奔走。「ブレイキング・バッド」に出てくる元警官のマイク・エルマントラウトに関するストーリー、麻薬ディーラーであるサマランカファミリーの手下ナチョとの出会いも併行して描かれる
シーズン2(10エピソード):老人施設サンドパイパー利用者による集団訴訟案件をきっかけにHHMから退くことになったジミー(後のソウル)は弁護士の道を諦めようとするが、引き合いがあり弁護士事務所デイヴィス&メインの一員に。しかしジミーならではの常識を逸脱した仕事ぶりからチームプレイに向いていないことが明らかとなり、兄のチャックや雇用主の顰蹙を買う。恋人キムと詐欺まがいのこともする。ジミーとキム、それぞれが個人事務所を同じ住所にもって協力体制を採ることになる。人を疑わず何度でも騙される父親、悪事を働くが愛されるジミー、真面目で優秀であるにも関わらず死に際の母親に思い出してもらえなかった兄チャックの関係性が描かれる。「ブレイキング・バッド」でお馴染みの投資家ケンも登場。マイクは麻薬の売人ナチョや弁護士ジミーとの繋がりを強くする
シーズン3(10エピソード):ジミー(後のソウル)と電磁波過敏症に苦しむ兄チャックとの確執が頂点に達する。ジミーも曲者であるが、チャックもなかなかの役者。高齢者を主要顧客とする弁護士ジェイムズ・マッギルから悪徳弁護士ソウル・グッドマンへと移行する未来が見てとれる。「ブレイキング・バッド」でソウルの事務所受付を担当しているフランチェスカをキムとふたりで雇う。マイクはサマランカファミリーのボス、ヘクターへの復讐を試みるが妨害される。ファストフード店「ロス・ポジョス」の経営者グスタボ・フリング(通称 “ガス”)、マドリガル社のリディアが登場。麻薬密売に関するグループ間の不協和音が表面化する
シーズン4(10エピソード):ジミー(後のソウル)は不祥事により弁護士としての活動を停止、携帯電話販売等の仕事をしている。兄チャックとの関係にも終止符が打たれる。ジミーにカウンセリングを勧めるキム。彼女はシュワイカート&コークリーへの移籍を考える。表稼業の駐車場料金係を辞め、闇の工場建設に立ち会うマイク。サマランカファミリーのドン、ヘクターが倒れ、ナチョが上位組織や “ガス” のグループに対応することに。ヘクターのサポートとして甥のラロが、“ガス” のサポートとしてオタク化学者ゲイルが登場
シーズン5(10エピソード):ジミーは「ソウル・グッドマン」の名で、小物の犯罪者たちをターゲットに弁護士活動を再スタート。名を売るために手を尽くす。「ソウル」へと路線変更したことで弁護士としての個性が際立っていく。ソウルは “クレージーエイト” への対処でラロに雇われ、大物犯罪者とのつながりを強める。DEAのハンクとゴメスが登場。ルーズな母親と少女時代のキムの関係性が描かれる。互いに不利な証言をしないで済むようジミーとキムは結婚する。ラロは昔ながらのスタイルにこだわるサマランカファミリーを仕切り、システマティックな麻薬ビジネスの展開を目論む “ガス” の牙城を崩すことに着手。闇の工場建設がラロの知るところとなったため、マイクは関わったドイツ人技師たちを帰国させるが “ガス” はマイクとの契約を継続。弱みを握られているナチョは “ガス” からラロに関する情報提供を強いられる
ボブ・オデンカークの演じるジミー(後のソウル)を始め、個性豊かなキャラクターが生き生きと動き回ります。それぞれが勝手に動くことでケミストリーと挿話が生まれる様子に「これぞ人生!」と思わずにいられません。ジミーの人となり、悪だくみの奇想天外さ、裁判や麻薬カルテル周辺のエピソード、いろんな切り口から楽しむことができます。1話にいろんな要素が盛り込まれており、リッチな内容が多いと感じます。
総合的に見て、ここまで完成度の高い作品に出会うことは稀。「ブレイキング・バッド」「ベター・コール・ソウル」の制作総指揮であるヴィンス・ギリガンがキーマンなのかなと思いましたが、同氏によるスピンオフ作品「エルカミーノ」は “雰囲気映画” で「ブレイキング・バッド」「ベター・コール・ソウル」ほどの出来と感じなかったため(ジェシー・ピンクマン役アーロン・ポールの力量の問題かもしれない)、素晴らしい作品となった決め手が何だったのかのジャッジが難しいところです。
[キャストに関する備忘録]
- 作中で挿話的に登場するイカれたケトルマン夫人を演じるジュリー・アン・エメリーは、ドラマ「ファーゴ」ではヴァーン署長の妻を演じており、そちらは非常に真っ当な夫人である
- 同ドラマ「ファーゴ」では、ボブ・オデンカークがお人好しで何の役にも立たないペミジー警察新署長を好演している
- ステイシー・エルマントラウト役のケリー・コンドンはドラマ「ROME(ローマ)」のオクタヴィア役だった。どうでもいいことであるが、ケリーはアイルランド生まれなんだね
- チャールズ・マッギル(通称 “チャック”)役のマイケル・マッキーンと、ハワード・ハムリン役のパトリック・ファビアンは、いろんなドラマ・映画でちょくちょく見かける
- クレージーエイト役のマックス・アルシニエガ。「BOSCH/ボッシュ」のシーズン3で見かけた(結構重要な役)。今のところビッグネームではないと思うが、演技の学校を2020年にシカゴでスタート。オンライン受講できるようだ。クレージーエイトからTVオーディション指導を受けたい人は “MA SCHOOL OF ACTING” で検索を
シーズン6については毎週火曜日に1話ずつ配信されており、現在エピソード4までリリースされています。別途レビューを投稿します。