2023年に公開された「ベルリンとパリの宝石」(1シリーズで1つの物語が完結)。その続編にあたります。原題は “Berlín y la dama del armiño”。

どちらもドラマシリーズ「ペーパー・ハウス」のスピンオフ作品。
純粋にエンタメとして捉え、適当に力を抜いて視聴する限りにおいて面白いシリーズ。ライフワークである盗みにせよ、喜怒哀楽の忙しい恋愛にせよ、セリフや表情は真剣っぽいですが、襟を正して真面目に観ると「どれも軽薄」に感じられ、その印象が作品全体の評価を下げてしまうことに気づきました。深く思いを巡らせないことが、作品を楽しむにあたってのコツ。
…ということで、今回の「ベルリンと白貂を抱く貴婦人」のサブテーマは “三角関係(あるいは2人目の異性が現れる)”。ベルリンやダミアン、“ケイラとブルース” “カメロンとロイ” の2組のカップルは、魅力的な/因縁のある異性が現れることで心が揺れ、本命との間に波風が立ったりします。
中高年(特におじさん)の恋愛事情にまったく関心のない私ですが、では若手のそれにワクワクできるかといえばそうでもなく、本筋である “芸術品の盗み” が “刺身” であるならば、その “つま” でしかありません。
とはいえ「ベルリンとパリの宝石」と同程度、あるいはそれ以上には楽しめたので「まあまあ以上」の作品。カメロンやロイの物語を深掘りし過ぎなかった点もよかったです(彼らが涙を流せば流すほど嘘くさく見えてしまうのはなぜでしょう)。
“恋する盗賊たち” であることが、ベルリンシリーズでは必須なのでしょうから、そこそこの味付け/スパイスとして活用されるぶんには不満はありません。
導入部あらすじ
スペインのバスク州、サン・セバスティアン。ベルリンと友人のダミアンはビスケー湾に船を出していました。彼らは心躍るような次の強盗のプランを立てようとしています。ふたりの美学として貧しい者ではなく、富める者から奪うことが大切なようです。
ダミアンは世界中の富豪が使っているマルベーリャの銀行の貸金庫を狙うことを提案。しかしベルリンは「金庫に入っているものがわからないのでは成果(⇒ 一定水準以上の価値の獲得)が不確実だ」と乗り気ではありません。そして “大富豪” とのリアルな接点を得るため、パーティーが行われる高級船へと乗り込みます。
そこでベルリンはマラガの公爵夫人ヘノベバ・ダンテと知り合い、“シモン” と自己紹介します(「ベルリンとパリの宝石」でも “シモン” だった)。彼女の誘いに乗り、後日セビリアの宮殿を訪問する約束を取り付けるベルリン。
しかし、そこで待ち受けていたのは夫人だけではありませんでした。ヘノベバの役割は、ベルリンを夫アルバロ・エルモソ・デ・メディナの元へ連れてくること。公爵はベルリンの泥棒としての才能と成果を称賛し、レオナルド・ダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」を盗み出してくれたら対価を支払うという取引をもちかけます。
妻を使っておびき出されたことに加え、外注感覚で “泥棒を請け負ってくれ” と提案されたベルリンはプライドをいたく傷つけられます。そしてコレクターである公爵をターゲットとし、彼の美術品を盗むことを計画。「ベルリンとパリの宝石」で行動をともにした4人のメンバー(ケイラ/ブルース/カメロン/ロイ)を招集し、盗みのプランを示します。
公爵の謎めいたビジネス、敷地に付け加えられた地下道の秘密、彼のコレクションの内容や保管場所…。それらを調べるところからチームの活動がスタート。
準備段階でアクシデントが生じます。それを逆手にとり、ピンポイントで公爵のコレクションを盗み、速やかに姿を消すと決めたベルリンでしたが、コレクションが数々の名画の盗品であることを知って考えを変えます。
いっぽう当シリーズのお約束の恋バナはどうかといえば…。広場で男女の痴話げんかを目撃したベルリンは女性の威勢のよさ、財布の盗み方の手際のよさに心を掴まれます。彼はその女性、カンデラと恋に落ちます。
ケイラは写真家クラウディオとの出会い、カメロンは元カレの再登場を通じて、それぞれの恋人ブルースやロイとの関係が揺らぎます。
特にロイとカメロンは足並みが揃わないこともあって、任務を通じて生死の瀬戸際に立たされる状況に陥ります。
妻と別れて孤独の淵にいたダミアンは、期せずして公爵夫人からアプローチを受けます。
登場人物
[独自の美学に基づくプロフェッショナルな泥棒チーム]
- ベルリン:世の中的には “(ガルシア・ゴンザレス・)シモン” を名乗っている。孤独に苛まれる友人ダミアンと旅行をしているとき、アクシデントが起き、カミーユ(オークションハウス支配人の妻)と落ち合う予定だったシンガポールへ行けなくなる。本名はアンドレ・デ・フォノリサ
- ダミアン:量子力学の大学教授。妻と別れて孤独のなかにいる
- ケイラ:今回も科学技術分野のエキスパートとして活躍。ブルースに不満があったわけではないが、彼との婚約パーティーで出会ったクラウディオと一夜を共にする
- ブルース:恋多き男だったが、今ではケイラに一途。なのに刹那的な生活に別れを告げたところで間男がやってくる
- カメロン:元カレのジミーが訪ねてきたことをきっかけにメンタルが崩壊(ロイの対応に寄り添いが欠けていたことに失望した模様)。公爵のクルーザービジネスを探るべく、船(サルデーニャ島とギリシャの島々に寄港する “海のバラ号”)に潜入し、密輸ビジネスの証拠を掴む
- ロイ:そもそもは鍵開け名人。山小屋をベースにカメロンと幸せに暮らしていたが、互いへの信頼が損なわれる事件が起きて別離する
[マラガの公爵&その周辺人物]
- アルバロ・エルモソ・デ・メディナ:マラガの公爵。ワイナリー経営、闘牛飼育、船のレンタルなどのビジネスを行う。スペイン南部、アンダルシア州のセビリアに宮殿を持っている。ベルリンに「白貂を抱く貴婦人」を盗むよう依頼する。名画(盗品)のコレクションが生きがい
- ヘノベバ・ダンテ:公爵夫人。偶然を装ってベルリンに近づく。夫の愛が全面的には自分に向けられていない気がして満たされない
- サムエル:公爵の使用人(ボディーガードや補佐的な仕事を行う)。ヘノベバからは「子守り」と呼ばれている。ゲイで、主人である公爵を愛している
- サントス:公爵の別荘敷地の番人
[泥棒チームの周辺人物]
- カンデラ:アンダルシアの女性。広場でベルリンの財布を盗む。その後、ベルリンと恋仲になる。公爵夫人とは教会つながりの知人。彼女自身も泥棒であるため、ベルリンたちをときにサポートする
- クラウディオ・ルズリアガ:ケイラの浮気相手。写真家で旅行家のグラフィックデザイナー
- ジミー:カメロンの元カレ。人気のあるバンドマン
- クリスティーナ:“海のバラ号” に乗り込むはずだったスタッフ
- カミーユ・ポリニャック:「ベルリンとパリの宝石」ではオークションハウス支配人の妻だった(その後、離婚した模様)。当時はベルリンと浮気していたが、明確な別れを迎えたというわけではなさそう
- セルギオ:ベルリンの弟。「ペーパー・ハウス」の “教授”
感想&メモ:あと1~2シリーズの構想があるのでは
ベルリンの4回目の結婚
本作は「ベルリンとパリの宝石」同様、「ペーパーハウス」の前日譚に当たります。
「ペーパー・ハウス」の時点でベルリンは離婚歴5回。「ベルリンと白貂を抱く貴婦人」(本作)で4回目の結婚をします。その後、お約束の離婚に至り、どこかの誰かと5回目の結婚&離婚をするとしたら、あと1~2シリーズの “盗み” を絡めた恋物語が用意されるのではないか、というのが私の予想。
[ベルリンの5回の結婚と離婚]
- 1回目…ふたりの間に息子ラファエルが生まれた
- 2回目…タティアナ。ピアニストで泥棒(「ペーパー・ハウス」パート3~5あたり。回想シーンなので銀行襲撃事件より前の話)。息子ラファエルに奪われる
- 3回目…ソフィア。「ベルリンとパリの宝石」の冒頭で離婚
- 4回目…カンデラ。アンダルシアの女泥棒(← 本作はここ)
- 5回目…???
※ 時系列でいうと「ペーパー・ハウス」は5回目の離婚以降の物語
泥棒チームのカメロンが死に、ベルリンとカンデラの結婚式にはカミーユも参列。メンツに新機軸がもたらされることで、新たなドラマが動き出しそうです。
あくまでも個人的な印象ですが、カメロンの死に対し、元恋人かつ盗賊仲間のロイの泣き顔からは悲しみの深さが感じられませんでした。気のせい?
スケジュールの都合でもあったのかと思うほど、別行動・別撮りの目立つカメロン。“死んで退場するのが既定” みたいな作りになっていて、ほかの出演作との兼ね合い、共演者間の不仲なども理由として思い浮かびました。ベルリン以外のメンバーは、潜入しているカメロンのことなど忘れているみたいな振る舞い。しかし「ペーパー・ハウス」でも強盗団のメンバーは、彼らの死に伴って入れ替わっていったので深読みは禁物かもしれません。
ベルリンは、本命女性に対しては本名アンドレを名乗るので分かりやすいです。また本作では病気が深刻になってきていることが描写されていましたね。
美術品にも異性にも情熱的な恋をする
それがベルリンシリーズに通底するコンセプトであり、大切な価値観であろうと思われます。
ただし、おっさんら(公爵/ベルリン/ダミアン)がどんな愛や恋を理想としているかに興味が湧かないため、とくとくと語られても、私個人にとっては上滑りな題材。
若い衆による、底の浅さを窺わせる恋愛論披露も長々としたものは不要。それらを削って整理すれば6エピソードくらいにまとまったのではないでしょうか?(8エピソードにするなら、もっと別ネタで埋めてほしい)
ちょっと不自然ではあるけれど…
盗賊あるいは泥棒としての真価を問われる “盗み” に関しては、モンキー・パンチ原作の名作「ルパン三世」を見ているような軽やかさが好き(現実世界で実現可能かどうかはさておき)。このドラマの価値とは、私の場合、そこに見出されます。
手前の細々としたことへの対処には知恵を絞ります。しかし命がけの最終計画の実行を目前にして「行く」「行かない」で揉めるし、プロとしての緻密さ/冷静さを欠く、行き当たりばったり感(「そこはそれでいいんですか?」的なところ)がありました。偶然が重なって上手くいっただけ。
フィクションなので荒唐無稽は当たり前としても、ロイやブルースは怪我に強いですよね。あのレベルで火傷を負ったら、あそこまで余裕かました表情はできないと思うのですが…。
しかし視聴を楽しもうと思ったら、エンタメとして温かく見過ごすことも大事かと。そんなふうに思う作品。
