改めて映画「ミュンヘン Munich」を観る

スポンサーリンク

イスラエルの人気ドラマシリーズ「ファウダ」には「報復の連鎖」という副題が付いています。現実世界においても、現時点ではイスラエルとハマスを中心としたイスラム勢力の戦いは終結しておらず、そちらも「報復の連鎖」。

スティーヴン・スピルバーグ監督による映画「ミュンヘン Munich」は2005年の作品ですので今から18年も前の作品。そちらの図式も「報復の連鎖」。「結局のところ人間って変わらない生き物なのだな」ということで、昔の映画ではありますが取り上げることにしました。同作はノンフィクション作品「VENGEANCE」(George Jonas 著)をベースにしています。

題材はイスラエルによる“神の怒り作戦”

Netflixの「スパイ・オペレーション 諜報工作の舞台裏」のエピソード5「神の怒り作戦パート1」を観ておくと「ミュンヘン Munich」にまつわる事実関係を予備知識として得ることができます。「スパイ・オペレーション 諜報工作の舞台裏」は2023年の作品。今年リリースされたドキュメンタリーが18年前に製作された映画の理解に役立つことに不思議な感じを覚えます。

「ミュンヘン Munich」は1972年のミュンヘンオリンピック事件、その後のイスラエルによる報復(「黒い九月」幹部たちの暗殺を目的とした “神の怒り作戦”)をモサド工作員アヴナー・カウフマンの姿を通して描いています。

ミュンヘンオリンピック事件とは : 西ドイツのミュンヘンでオリンピック開催中に発生したテロ事件。パレスチナ武装組織「黒い九月」によってイスラエルのアスリート11名が拉致・殺害された。

パレスチナ武装組織「黒い九月」とは:パレスチナ解放機構(PLO)の最大派閥ファタハが対イスラエル闘争の行き詰まりから結成した秘密テロ組織。ファタハとの関係が明るみに出た時点で解散。ファタハは1980年代に穏健路線へと転換。

映画のあらすじ

アヴナー・カウフマンはモサド(イスラエル諜報特務庁)で働いていました。彼は英雄の息子(この部分の詳細は語られていません)であり、首相の元ボディガードです。

ミュンヘンオリンピック事件に対応する(=落とし前をつける)必要から政府に請われてモサドを辞め、国との間に雇用契約はなく保険もない、公式には存在しない人物という立場になります。それは「黒い九月」幹部の暗殺とイスラエルとの直接的な関係を証明不可能にするためです。アヴナーが携わるのは “神の怒り作戦”。そこでモサドの工作員によるチーム(公式には存在しない人たち)のリーダーとなります。

彼らは危険を冒して任務を確実に遂行していきます。しかしメンバーには命を落とす者もあり、自分自身もいつ命を狙われるかわからない立場にあるアヴナーは次第に精神を病んでいきます。

愛する妻と生まれて間もない娘はアヴナーの意向でイスラエルを離れ、アメリカで暮らしています。国家のための諜報や工作、そして暗殺という自身の職務に対する疑問は大きくなっていくばかり。終わることのない戦いへの絶望感に追い詰められていきます。

イスラエル側の組織体制

イスラエルのゴルダ・メイア首相によって認可された “神の怒り作戦” は以下のような陣容を採りました。

実際の組織体制

意思決定ならびに指令系統の上位から順に並べています。

  • [委員会X]ゴルダ・メイア首相/モシェ・ダヤン国防相/政府高官
  • [テロ対策顧問]アハロン・ヤリブ将軍
  • [モサド長官]ツヴィ・ザミール
  • [モサド工作員からなるチームのリーダー]マイケル・ハラリ(パリで指揮を執っていた)
  • [チームのメンバー(諸説あり)]5部門から構成されていた。<アレフ(Alef):殺し屋><ベット(Bet):警護><ヘット(Het):物資調達・コーディネート><アイン(Ayin):ターゲットの監視ならびにアレフ&ベットの脱出ルート確保><クオフ(Qoph):コミュニケーション(通信等?)担当> ※ このチームはイスラエル政府の直接管理から外れて活動しており、連絡はマイケル・ハラリを通じてのみ可能だった

映画における組織体制

「恐らくこうであろう」という推測が混じっています。実際との間で相違のある部分を太字にしています。

  • [委員会X]ゴルダ・メイア首相/その他いろいろ(特に明示されず)
  • [テロ対策顧問]ヤリブ将軍
  • [モサド長官]ザミール将軍
  • [モサド工作員からなるチームのリーダー]マイケル・ハラリ
  • [工作管理官]エフライン
  • [チームのメンバー]リーダー:アヴナー・カウフマン(主人公)/物資手配&文書ID偽造&経理担当:ハンス/逃走ルート確保担当:スティーヴ/監視&証拠隠滅担当:カール/爆発物担当:ロバート ※1 これらは一応の役割であり、必要に応じてほかの役割も担当しているように見える ※2 このチームはイスラエル政府の直接管理から外れて活動
  • [ポジション不明の存在]ナダフ将軍、モサドの会計担当

報復の対象となった「黒い九月」幹部たち

イスラエル政府からの命により、モサド(イスラエル諜報特務庁)が殺害の対象とした人物は以下の通り。11人殺されたので報復対象を11人ピックアップしたという印象(実際の標的数はもっと多かったようです)。報道記録、字幕、吹き替えの間には氏名表記等に相違があります。

モサド元副長官のデビッド・キムチェによれば「“神の怒り作戦” の目的は復讐ではなく、主にパレスチナ人テロリストを怯えさせることだった」とのこと。相手に戦意を喪失させることが主目的だったようですが報復であることに違いはないと思います。

映画で暗殺したのは7名(リストにあった6人+後任1名)。

  • ワエル・ズワイテル(PLOイタリア代表で翻訳家:1972年10月、ローマの自宅アパートのエレベーター付近で射殺)
  • マフムド・ハムシャリ(ファタハ・フランスを組織:1972年12月、パリの自宅アパート内に仕掛けられた爆弾で負傷した後に死亡)
  • フセイン・アル=シール(ヨルダン人でファタハのキプロス代表。KGBと通じている:1973年1月、キプロスのホテルで爆死)
  • カマル・ナセル(PLO執行委員兼スポークスマン:1973年4月9日、レバノンで射殺)⇒ 工作員も同行したが特殊部隊が殺害
  • ムハンマド・ユーセフ・ナジャール(映画では「アブ・ユーセフ」。「黒い12月」作戦指導者:同上)⇒ 工作員も同行したが特殊部隊が殺害
  • カマル・アドワン(PLO作戦部長:同上)⇒ 工作員も同行したが特殊部隊が殺害
  • ザイード・ムシャシ(フセイン・アル=シールの後任:当初の殺害リストに挙がっていなかった人物。1973年4月11日、アテネのホテルで爆死)

映画の最後に「標的となった11人のパレスチナ人のうち9人が殺された」と言っています。「後任を含めた12人のうち10人が殺された」と置き換えると数字が合います。

以下の人物は本作中では殺されていません。アヴナーのチームの動きを暗殺順序に忠実に描いていくと1973年の4月6日、9日、11日のスケジュールが混み合い過ぎ(移動だけでもパリ ⇒ ベイルート ⇒ アテネ)なので一部割愛したのかもしれません。

  • バジル・アル=クバイシ博士(ベイルート・アメリカン大学の法学教授:1973年4月6日、パリで射殺)
  • モハメド・ブーディア(「黒い九月」の作戦部長で欧州代表:1973年6月、パリで爆死)
  • アリ・ハッサン・サラメ(イスラエルは彼がミュンヘンオリンピック事件の首謀者だと考えた。サラメ自身は否定。元アラファト側近でファタハの中心人物:1979年、レバノンで爆死)※ 作中でアヴナーとスティーヴがスペインのタリファに滞在中のサラメを襲撃しようとするが、実際にモサドが襲撃したのは1975年辺り。アヴナーが任務から降りるのは1973年6月。タリファ襲撃が事実より前倒しになっている
  • ワディ―・ハダッド博士(パレスチナ解放人民戦線(PFLP ⇒ PLOに参加していた組織のひとつ)の指導者:1978年に東ドイツで死亡)
  • アブ・ダウード(ミュンヘンオリンピック事件の首謀者で建築家:別件で逮捕・勾留されていた。1981年にワルシャワで銃撃される)

“テロリズム”と“テロ対策”の間に違いはあるのか

イスラエル側が標的を殺害しても、恨みと憎しみがさらに強化された後継者が相手方に現れます。戦いは永遠に終わりません。アヴナーの言葉「こんなことの先に平和はない。それが真実だ」。それがスピルバーグ監督の伝えたいことだったのかもしれません。監督自身はアメリカ生まれのユダヤ人です。

アヴナーに会うためにアメリカにやってきた工作管理官のエフラインは「敵対するパレスチナ人の暗殺は君の親が建国し、君の生まれた祖国イスラエルの未来や平和のためだ」と言います。「祖国であるイスラエルへ戻れ」と言う彼に対するアヴナーの答えは「断る」。

一方アヴナーの「あなたは遠来の客だ。今晩は我が家で平和に食事でもてなしたい」という招待に対するエフラインの答えは「断る」。

個人と祖国、同じ目的のために動いていた人物同士においてさえ、平和とは口で言うほど簡単なものではないことが、この会話からもわかります。

出演者について

かなり昔の映画なので「その後、こんな作品に出ていますよ」的な話にはなるのですが主要な登場人物のみ、ざっと紹介します。

  • エリック・バナ(アヴナー・カウフマン役):オーストラリア出身。父はクロアチア系、母はドイツ系。なぜアヴナー役に抜擢されたのか、出自面からの理由は謎(ユダヤ人ではなさそう/移民の子ではある/ユダヤ人でないほうが演じやすいかもしれない)。本作で素晴らしい演技を見せている。「ダーティ・ジョン」のジョン・ミーハン役も一見の価値あり。元々はコメディアンであるらしい
  • ダニエル・クレイグ(スティーヴ役):イギリス出身。言わずと知れた有名俳優。「ナイブズ・アウト」など
  • キアラン・ハインズ(カール役):北アイルランド出身。こちらも実力派。「ベルファスト」「裏切りの影」「ROME」など
  • アイェレット・ズーラー(アヴナーのダフナ役):イスラエル出身。「ベン・ハー」など
  • マチュー・アマルリック(ルイ役):フランス出身。「グランド・ブダペスト・ホテル」など

[ロケ地]マルタ、ハンガリー、フランス、アメリカ

旅行は人生の大きな喜び(^^)v
ランキングに参加しています。
応援をお願いいたします。
↓  ↓  ↓
にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村